最終楽章
おはようございます^^
ココ最近ちょっとほんわか記事が里帰りしていて
破壊神が遊びにきていらっしゃいます。
スサノオ系?^^;
今日もまだちょっと壊していきますのでもうこれ以上はちょっと今ムリ〜
の方は避けてくださった方がいいかもしれません。
いつも訪問してくださってほんとうにありがとうございます!
今日は
もう一歩行きます。
産みの苦しみという言葉には
「喜び」が内包されています。
とっても苦しかったけどなんたる幸せが待っていたのかという気持ち。
今
産みの喜びという言葉があり
今までお産は苦しいことが多かったけれど
気持ちよくて楽しく体験することもできるんですよ〜
ということを伝えてくれている。
素晴らしい!ですよね。
お産は痛みを伴って実際大変だけれどその「痛み」の感覚自体を感じなく、
痛みだったはずのものが「快感」「気持ちよさ」「心地よさ」として感じることができる。
そのためのテクニックもあるんですよ〜って。
このブログで全てをお伝えするのは難しいけれど
それでもチャレンジしています。
何を伝えたいか。
例えばお産に関するこの感覚、どっちもダメじゃないよね?と私は思うです。
「痛い」と思うこと、「苦しい」と思うこと、別にダメなことじゃないよね?
苦しいきもち、大変な気持ち、切ない気持ち、ほろ苦い気持ち、悲しい気持ち、腹立たしい気持ち
ちょっとフタされがちなこの気持ち達。
とっても大事な気持ち達ですよね。
何かを「教えてくれている」
大事なセンサーですよね。
と、私は思う。
そして、実際に「痛み」ではなく、心からただ自然に「喜び」を感じるんです。
という時、もちろんそのこと自体も素晴らしいことだと思います。
でもそれは、どんなこと、何があっても
全てを喜びに感じることこそが素晴らしいということではないのではないかしら?
うんうん。そんなこと当たり前さ〜。と思われるなら
あ、ほんと?わたしもそう思うんだ。っていうだけの話です。
伝え方が難しいけれど。
例えば新しい考え方や価値観に感銘を受けて
なるほど〜そういうの、とってもいいな〜って思って
・そういう境地を目指そう!
・そういう境地に向かうぞ〜!
・そういう境地になりたいな〜
・そういう境地に達することができるようにチャレンジしてみよう!
という感覚、とってもすてきだな〜って思います。
でも
新しい価値観、新しい考え方が宇宙から提示されている時、
宇宙は
「それを目指しなさい!」「そこに到達しなさい!」
と言ってはいないと思うのです。
ただ、「提示」しているんだと思うのです。
この違い、伝わりますでしょうか?
うきうき、たのしそう〜やってみた〜い♪
の時、じゃあこういう方法もありますよ、こういうやり方だといいかもとお伝えしたい。
でも、
「やらなきゃ、いかなきゃ、そうならなきゃ」・・・とちょっとウキウキが減ってたとしたら
ちょっと強制感強くないですか?圧力下げた方がよくないですか?
ちょっとちょっと、ちょっと待って〜
「すべてのことは必要なこと。
すべてのことは完璧に配置されていて
無駄な出来事、無駄な経験は一つもなくて
全部プロセスとして完成されている。」
だから、人生のストーリー、お話。
もう少し楽しみませんか?
もうちょっと安心してもいいんじゃないですか?
とお伝えしたい。
そこで
うんうん、わかってるよ、でもね、今はねどうしても突っ込む時期なのよ。
壊れたってどうしたって、自分を嫌いになって自分を責めまくってどうしようもなくなったって
わくわくなんかしなくたってうきうきなんかしなくたって
嫌がってる自分も含めて「こうしたいのさ!」という場合は
なにも気にされずに突き進んでください。
自由ですから。
ただ、その場合、ひとつだけお伝えしたいのは
じゃあもし、「あ、ココ限界、もうこれ以上いったらダメ。」って
いよいよアラームが鳴りまくったら
その時は
「力抜いて、宇宙を信頼してください。」
ちゃんとうまくいくから大丈夫だ。
って思い出してください。
・・・?
え?
じゃあ、結局大丈夫なんじゃんって思われた方。
はい。。。そうなんです^^;
だからね、だいじょうぶなんです。
宇宙ってすごいです。
私が思っているよりもはるかに。
だからこそ、
もし楽しい人生、嬉しい人生、望みが叶う人生を送りたいと思ったら
うきうき、わくわく、自分の心が喜ぶことという視点で
何かを選び、何かを決めて行動していくといいですよ〜って。思うのです。
それは、うきうき、わくわく、自分のこころが喜ばないとダメなの、という意味ではありません。
どんな感情も、素晴らしいもの。大切なもの。
いらないものなんて何もないのです。
そして「うきうき、わくわく、心がよろこばなきゃ〜」と思わなくっちゃってなってしまったら
ちょっと待って〜そうじゃないの〜!ってもう一度お伝えします。
すべての感情は「センサー」です。
わたし、こっちにむかっていますよ〜
わたし、こっちにいきますよ〜っていう方向指示器みたいなものでもあります。
それを、
「こっちにいくことを教えるセンサーはけしからん。
そしてそんなことは教えてくれなくていいのだ
あぶないかも、楽しくないかもなんて教えてくれなくていいのだ!
別に、何も教えてくれなくたっていいのだ!」
ってなったら
その車、「危険」を伝える術を失います。
これから一切危険なことなんかおきない、道を間違えることもない、何の心配もいらないの。
という境地もあり
それはそれでゴールです。
心からその境地ならなんの問題もないんです。
上がり!です。確かに。
でも、ほんとうは そんな境地じゃないのにそんなこと心から思ってないのに、
不安と心配だらけなのに
「危険を伝えるセンサー」だけ無視してないですか?
それ、危なくないですか?っていうメッセージをお伝えしています。
うきうき、わくわくってバロメーターです。ただのチェックポイント。
もしそうじゃないとしたら
「何か言いたいことあるかも。」「何かムリしているのかも」って
早めに気づいてあげたほうがいいかもしれません。
それは体に出て、体が限界になるまで心が助けにいけなくて体を見殺しにしたら
からだもこころもみんなゲームオーバーですよって。
お伝えしたいだけです。
そいで、「ゲームオーバー」はダメって言ってるんじゃないんです。
しつこいけど。
それが目的ならそれはそれで立派な「学び」です。
そしてそれはわかっていて、でも自分の感情をもてあますんだよ・・・という場合。
感情は感じければ消える、とよく言われますが
もう一つ、「その感情を自分が感じたことをただ受け入れる。」ということも見てみてください。
もしかしたら自分がそう感じたことをどうしても認めたくないのかもしれない。
だから、「相手」を責める。
ただ自分がその感情を感じたことを許せば相手を非難する必要はないかもしれません。
非難や批判って自己防衛です。
ただ、そういうのヤダナ。そういうとこヤダナ。って思うことを受け入れる。
そしてその存在を認めて、自分がどうしたいかを自分で決めればいい。
もし、伝えられそうなら正直に伝えてみる。
それでも「ことば」が通じない、もしくは「感情的に受け入れたくない」と
相手が思えばそれはそれで相手の自由もあります。
もう一度トライする。
もうありがとうしてお別れする。
いろんな選択肢があります。
誰かに認めて欲しい時。
誰かに受け入れて欲しいと思うとき。
誰かに話を聴いて欲しいと思うとき。
あなた自身があなたを認め、あなた自身があなたを受け入れ、あなた自身があなたの話を聴くことが
一番の急務かもしれません。
もしかしたら。
あなたを認めず、あなたを受け入れず、あなたの話を聴かないのは
もしかしたら「あなた」なのかもしれません。
うんうん、鏡ってやつでしょ?
でも、ある特定の1人だけがいやな場合は?特定の1人だけがやなことしてくる時は?
その場合考えられるのは
もしかしたら自分自身も誰か特定の人に対してだけそういう行為をしているかもしれない。
そんなことない!私は断じてあんな行動はしない!という場合は
やはり単に「違いを知る」「対極」を知るためだけの出会いかもしれません。
望まないものを見せることであなた自身が望むものを見せてくれているのかもしれません。
でも、あらゆる感情を受け入れるって言ったって発していることが戻ってくるから
ネガティブって言われる感情を発するとダメなんじゃないの?と思われる方。
確かに。もちろんその通りですが
だからといって見ないフリをするとかえって大きくなる。
そして何よりも。
「自分自身が自分自身に対して感じる感情、発する感情」
が、何よりも大きく現実をつくっています。
だからしつこく自分をたいせつに、自分を愛してってお伝えし続けています。
全部前提があります。
もしあなたがシンプルに「幸せになりたいなあ」
今回の人生は「しあわせになるのだ〜」
と思ったら
「あなたのすべてを受け入れてあなたのすべてを大切にしてあなたをまるごと愛して」
そのあなたのすべてというくくりの中に、
「あなたのあらゆる感情」も入れてみてはいかがですか?
と伝えたいだけです。
と一つの提案をしたいだけです。
うん。それはねえ、さんざんしてみたんだよ。
でもね、そうすると自分の生きたい人生はおくれなかったんだよ・・・
といわれる場合は。
なるほど・・・です。
そしてここまでお伝えすれば
私のお役目としては終了です。
全ての人が生まれてくる前に決めた自分に与えられた役を演じているのですから
「迫真の演技だったよ〜」
「すごかったね〜」
「あ〜楽しかった!」
と戻ってからお話するのを楽しみに^^
今日も読んでくださってありがとうございます。
今月末に行きたかったところ「詣で」いけることになりました。
パンフやチケットも届いて実感をかみしめています。
とりあえず引き寄せるつもりだったので
何はともあれ「予約」だけだ〜いぶ昔にしてました。
私を助けてくれたのはスサノオノミコト。
「正直であれ」
「罪悪感や義務感から事を行なうな」
「真実を語れ」
「ありのままを生きる」
「あなたはそのままで愛される」
いろんな方に鏡になっていただきながら
今回のチャレンジはクリアできました。
娘を連れてどうしても行きたかった。
娘を案内したかった。
娘と夫と楽しみたかった。
ずっと夢でした。
でもまさかこんなに早く叶うとは思いませんでした。
私のところへ夢を現実として届けてくださった多くの方々に
こころから感謝いたします。
これでも恩返しのつもりなのです。
今日も読んでくださってありがとうございました。
グラウンディング、第1チャクラを整えると
宇宙から地球から愛されていることを思い出します。
健全な自信、安心感が得られます。
スモーキークオーツ、ブラッドストーン、ガーネットも力になってくれます。
だいじょうぶです。
安心していいんです^^
ありがとう
ココ最近ちょっとほんわか記事が里帰りしていて
破壊神が遊びにきていらっしゃいます。
スサノオ系?^^;
今日もまだちょっと壊していきますのでもうこれ以上はちょっと今ムリ〜
の方は避けてくださった方がいいかもしれません。
いつも訪問してくださってほんとうにありがとうございます!
今日は
もう一歩行きます。
産みの苦しみという言葉には
「喜び」が内包されています。
とっても苦しかったけどなんたる幸せが待っていたのかという気持ち。
今
産みの喜びという言葉があり
今までお産は苦しいことが多かったけれど
気持ちよくて楽しく体験することもできるんですよ〜
ということを伝えてくれている。
素晴らしい!ですよね。
お産は痛みを伴って実際大変だけれどその「痛み」の感覚自体を感じなく、
痛みだったはずのものが「快感」「気持ちよさ」「心地よさ」として感じることができる。
そのためのテクニックもあるんですよ〜って。
このブログで全てをお伝えするのは難しいけれど
それでもチャレンジしています。
何を伝えたいか。
例えばお産に関するこの感覚、どっちもダメじゃないよね?と私は思うです。
「痛い」と思うこと、「苦しい」と思うこと、別にダメなことじゃないよね?
苦しいきもち、大変な気持ち、切ない気持ち、ほろ苦い気持ち、悲しい気持ち、腹立たしい気持ち
ちょっとフタされがちなこの気持ち達。
とっても大事な気持ち達ですよね。
何かを「教えてくれている」
大事なセンサーですよね。
と、私は思う。
そして、実際に「痛み」ではなく、心からただ自然に「喜び」を感じるんです。
という時、もちろんそのこと自体も素晴らしいことだと思います。
でもそれは、どんなこと、何があっても
全てを喜びに感じることこそが素晴らしいということではないのではないかしら?
うんうん。そんなこと当たり前さ〜。と思われるなら
あ、ほんと?わたしもそう思うんだ。っていうだけの話です。
伝え方が難しいけれど。
例えば新しい考え方や価値観に感銘を受けて
なるほど〜そういうの、とってもいいな〜って思って
・そういう境地を目指そう!
・そういう境地に向かうぞ〜!
・そういう境地になりたいな〜
・そういう境地に達することができるようにチャレンジしてみよう!
という感覚、とってもすてきだな〜って思います。
でも
新しい価値観、新しい考え方が宇宙から提示されている時、
宇宙は
「それを目指しなさい!」「そこに到達しなさい!」
と言ってはいないと思うのです。
ただ、「提示」しているんだと思うのです。
この違い、伝わりますでしょうか?
うきうき、たのしそう〜やってみた〜い♪
の時、じゃあこういう方法もありますよ、こういうやり方だといいかもとお伝えしたい。
でも、
「やらなきゃ、いかなきゃ、そうならなきゃ」・・・とちょっとウキウキが減ってたとしたら
ちょっと強制感強くないですか?圧力下げた方がよくないですか?
ちょっとちょっと、ちょっと待って〜
「すべてのことは必要なこと。
すべてのことは完璧に配置されていて
無駄な出来事、無駄な経験は一つもなくて
全部プロセスとして完成されている。」
だから、人生のストーリー、お話。
もう少し楽しみませんか?
もうちょっと安心してもいいんじゃないですか?
とお伝えしたい。
そこで
うんうん、わかってるよ、でもね、今はねどうしても突っ込む時期なのよ。
壊れたってどうしたって、自分を嫌いになって自分を責めまくってどうしようもなくなったって
わくわくなんかしなくたってうきうきなんかしなくたって
嫌がってる自分も含めて「こうしたいのさ!」という場合は
なにも気にされずに突き進んでください。
自由ですから。
ただ、その場合、ひとつだけお伝えしたいのは
じゃあもし、「あ、ココ限界、もうこれ以上いったらダメ。」って
いよいよアラームが鳴りまくったら
その時は
「力抜いて、宇宙を信頼してください。」
ちゃんとうまくいくから大丈夫だ。
って思い出してください。
・・・?
え?
じゃあ、結局大丈夫なんじゃんって思われた方。
はい。。。そうなんです^^;
だからね、だいじょうぶなんです。
宇宙ってすごいです。
私が思っているよりもはるかに。
だからこそ、
もし楽しい人生、嬉しい人生、望みが叶う人生を送りたいと思ったら
うきうき、わくわく、自分の心が喜ぶことという視点で
何かを選び、何かを決めて行動していくといいですよ〜って。思うのです。
それは、うきうき、わくわく、自分のこころが喜ばないとダメなの、という意味ではありません。
どんな感情も、素晴らしいもの。大切なもの。
いらないものなんて何もないのです。
そして「うきうき、わくわく、心がよろこばなきゃ〜」と思わなくっちゃってなってしまったら
ちょっと待って〜そうじゃないの〜!ってもう一度お伝えします。
すべての感情は「センサー」です。
わたし、こっちにむかっていますよ〜
わたし、こっちにいきますよ〜っていう方向指示器みたいなものでもあります。
それを、
「こっちにいくことを教えるセンサーはけしからん。
そしてそんなことは教えてくれなくていいのだ
あぶないかも、楽しくないかもなんて教えてくれなくていいのだ!
別に、何も教えてくれなくたっていいのだ!」
ってなったら
その車、「危険」を伝える術を失います。
これから一切危険なことなんかおきない、道を間違えることもない、何の心配もいらないの。
という境地もあり
それはそれでゴールです。
心からその境地ならなんの問題もないんです。
上がり!です。確かに。
でも、ほんとうは そんな境地じゃないのにそんなこと心から思ってないのに、
不安と心配だらけなのに
「危険を伝えるセンサー」だけ無視してないですか?
それ、危なくないですか?っていうメッセージをお伝えしています。
うきうき、わくわくってバロメーターです。ただのチェックポイント。
もしそうじゃないとしたら
「何か言いたいことあるかも。」「何かムリしているのかも」って
早めに気づいてあげたほうがいいかもしれません。
それは体に出て、体が限界になるまで心が助けにいけなくて体を見殺しにしたら
からだもこころもみんなゲームオーバーですよって。
お伝えしたいだけです。
そいで、「ゲームオーバー」はダメって言ってるんじゃないんです。
しつこいけど。
それが目的ならそれはそれで立派な「学び」です。
そしてそれはわかっていて、でも自分の感情をもてあますんだよ・・・という場合。
感情は感じければ消える、とよく言われますが
もう一つ、「その感情を自分が感じたことをただ受け入れる。」ということも見てみてください。
もしかしたら自分がそう感じたことをどうしても認めたくないのかもしれない。
だから、「相手」を責める。
ただ自分がその感情を感じたことを許せば相手を非難する必要はないかもしれません。
非難や批判って自己防衛です。
ただ、そういうのヤダナ。そういうとこヤダナ。って思うことを受け入れる。
そしてその存在を認めて、自分がどうしたいかを自分で決めればいい。
もし、伝えられそうなら正直に伝えてみる。
それでも「ことば」が通じない、もしくは「感情的に受け入れたくない」と
相手が思えばそれはそれで相手の自由もあります。
もう一度トライする。
もうありがとうしてお別れする。
いろんな選択肢があります。
誰かに認めて欲しい時。
誰かに受け入れて欲しいと思うとき。
誰かに話を聴いて欲しいと思うとき。
あなた自身があなたを認め、あなた自身があなたを受け入れ、あなた自身があなたの話を聴くことが
一番の急務かもしれません。
もしかしたら。
あなたを認めず、あなたを受け入れず、あなたの話を聴かないのは
もしかしたら「あなた」なのかもしれません。
うんうん、鏡ってやつでしょ?
でも、ある特定の1人だけがいやな場合は?特定の1人だけがやなことしてくる時は?
その場合考えられるのは
もしかしたら自分自身も誰か特定の人に対してだけそういう行為をしているかもしれない。
そんなことない!私は断じてあんな行動はしない!という場合は
やはり単に「違いを知る」「対極」を知るためだけの出会いかもしれません。
望まないものを見せることであなた自身が望むものを見せてくれているのかもしれません。
でも、あらゆる感情を受け入れるって言ったって発していることが戻ってくるから
ネガティブって言われる感情を発するとダメなんじゃないの?と思われる方。
確かに。もちろんその通りですが
だからといって見ないフリをするとかえって大きくなる。
そして何よりも。
「自分自身が自分自身に対して感じる感情、発する感情」
が、何よりも大きく現実をつくっています。
だからしつこく自分をたいせつに、自分を愛してってお伝えし続けています。
全部前提があります。
もしあなたがシンプルに「幸せになりたいなあ」
今回の人生は「しあわせになるのだ〜」
と思ったら
「あなたのすべてを受け入れてあなたのすべてを大切にしてあなたをまるごと愛して」
そのあなたのすべてというくくりの中に、
「あなたのあらゆる感情」も入れてみてはいかがですか?
と伝えたいだけです。
と一つの提案をしたいだけです。
うん。それはねえ、さんざんしてみたんだよ。
でもね、そうすると自分の生きたい人生はおくれなかったんだよ・・・
といわれる場合は。
なるほど・・・です。
そしてここまでお伝えすれば
私のお役目としては終了です。
全ての人が生まれてくる前に決めた自分に与えられた役を演じているのですから
「迫真の演技だったよ〜」
「すごかったね〜」
「あ〜楽しかった!」
と戻ってからお話するのを楽しみに^^
今日も読んでくださってありがとうございます。
今月末に行きたかったところ「詣で」いけることになりました。
パンフやチケットも届いて実感をかみしめています。
とりあえず引き寄せるつもりだったので
何はともあれ「予約」だけだ〜いぶ昔にしてました。
私を助けてくれたのはスサノオノミコト。
「正直であれ」
「罪悪感や義務感から事を行なうな」
「真実を語れ」
「ありのままを生きる」
「あなたはそのままで愛される」
いろんな方に鏡になっていただきながら
今回のチャレンジはクリアできました。
娘を連れてどうしても行きたかった。
娘を案内したかった。
娘と夫と楽しみたかった。
ずっと夢でした。
でもまさかこんなに早く叶うとは思いませんでした。
私のところへ夢を現実として届けてくださった多くの方々に
こころから感謝いたします。
これでも恩返しのつもりなのです。
今日も読んでくださってありがとうございました。
グラウンディング、第1チャクラを整えると
宇宙から地球から愛されていることを思い出します。
健全な自信、安心感が得られます。
スモーキークオーツ、ブラッドストーン、ガーネットも力になってくれます。
だいじょうぶです。
安心していいんです^^
ありがとう



